2013-03-08

転職1週間目

新たな職場に移って1週間

さすがに本番という感じではない。オフィス内も、とてものんびりした雰囲気だ。地方都市ということも影響しているはず。

ただし、本番でないことを差し引いても、さらされるプレッシャーは前職よりも格段に低い。むしろ、ちょっと前まで、役職と給料と見合わない強いプレッシャーにさらされていたことを再確認する毎日。

部分的なスキルしか持たない人、、、、どんなに努力しても乗り越えられない壁を前にして、やる気のなさを前面に出し自尊心を守る人、すべての理解をあきらめて判断を他人にゆだねる人、自分の不作為を認めない人、、、、仕事よりも職場内の彼氏との関係を優先する人。プロジェクトメンバーは、そんな人たちだった。ただし、クライアントはそんなこと関係ない。クライアントの要求は常に厳しかった。だから、すべての矛盾を自分自身が解決する必要があった。約2年間に渡り、自分がもつスキルと経験で矛盾を解決し続けた。

しかし、2012年末。プロジェクトを離れることにした

最終出社日が近づくにつれて、メンバーのやる気はどんどん高まった。プロジェクトメンバーがこんなに前向きに仕事を取り組んだことはない。そんな中で、最終出社日を迎えた。最終出社日の翌日から行った九州旅行の間中、残してきたプロジェクトとメンバーの行く末が気になって仕方なかった。もっといえば、、今からでもプロジェクトに戻りたい・・・・とすら思った。

しかし、今なら、ハッキリと分かる
プロジェクトとメンバーを見放したのは、正しい判断だった。

退職日が近づくにつれてメンバーのやる気が増したのは、彼ら自身、もはや、やりたくないことから逃げらないと理解したからだ。しかし、そもそも、彼らが職務を全うすべきかは、オレの退職とは関係ない。結局、メンバーが本気になるために自分の退職が必要だったのだ。

手がけていたプロジェクトが、この先どうなるか皆目見当つかない
うまくいくかもしれないし、今以上に迷走するかもしれない。
いや、もっとEasyになるかもしれない。

どうなっても、何の後悔もない
この2年間、自分ができることはやった。
何の迷いもなく、そう考えることができる。

プロジェクトを手放すことは、今まで体験したことがない辛い決断だった。しかし、だ。時には、辛い決断こそ必要なのだ。辛い決断が、当時のStakeholder全ての人にとっても笑い話になる日が来るはずだ、、、、そう考えることができるようなった高松での週末の夜。

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木曜日に、サプライヤーが提供するソリューションの社内展示会があった。
興味もそうだが、予算もないだが、上司のすすめもあり展示会場にいくと、サプライヤーの営業担当者がいろいろサービスの説明をしてくれた。
サービスの中には、前の会社が直接競合するものもあった

たった1か月前ならば、自分が説明する立場だったはず

ほんの少しだが、人生を前に進めたことを実感した瞬間だった


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