2012-02-29

解雇されるスキル

Chikirinの日記
2012-02-24 解雇するスキル
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120224

さて皆さん、皆さんの部下に「かなり仕事ができない」人がいるとしましょう。「こりゃ、もう救いようがないな。アカンわ」というレベルの部下だとしましょう。解雇規制のない世界では、その人を解雇するのは、あなたの仕事です。

心に刺さったChikirinの日記って、じつは、今まで一個もありません。が、それでも、なぜか、チョイチョイ見てしまいます。理由は、おそらく、鈍い私の感性では、到底、気がつけない素晴らしい内容がかいてあるからなんだろうなあ、、、などとつれづれ思うわけです。

で、今回の解雇規制の話。

一見もっともらしいんですけど、根本的に変な気もします。そもそも、解雇規制がなくなったら、Chikirinが言うように、「上司が使えないと判断した社員を、上司の胸先三寸で、いとも簡単に解雇できる」ようになるんですかね?

解雇規制の話って、ふつう、正社員と非正社員との格差改善とか、若者世代の待遇改善したい!、みたいな文脈で出てくる気がする。つまり、正社員がすごく守られているから、非正社員の待遇がわるくなる。だから、解雇規制を緩和して、正社員と非正社員間の流動性を高めよう。さらに、年寄りほど正社員が多いので、若者世代の待遇改善につながる、、、というお話。Chikirinのいうように、使えない部下をクビにして管理職が自分の給料を上げられり権利のことを、解雇規制の緩和とはいわないと思うし、言わないでほしい。なぜなら、お下品すぎるから。

といいつつも、大雑把に考えると、どんな事情であれ、使えない社員を解雇すれば、職場の生産性なり、雇用の流動性はあがるかもしれない。がしかし、一方で、管理職の職責を果たすためには、解雇が絶対必要な権利かといわれれば、それも関係ない気がする。管理職は、自分たちの権利が増えるのは、どんな権利であろうとwelcomeなんだろうけど。

むしろ、この日記は

「わたしは、外資で部下のクビを切りまくって、バリバリ働いてきたのよ。そして、アーリーリタイアもしたの、すごいでしょ、オラ、どうよ。わたしの才能と、アメリカ、金融万歳!」

的な感じなんですよね。でも、外資だからといって、クビを切りまくるわけでもないし、上司にクビっ
ぽいことを言われたからといって、日本に解雇規制がある限り、自主退職に応じる必要もない。むしろ、会社側がやめてほしいと思っているならば、会社都合で退職金を割りましてもらえるほどやめてもらいたいと思ってもらえるまで粘るべきだ。そもそも、上司にクビを宣告されるのは、仕事が出来ないというよりかは、上司との折り合いが悪いことのほうが多いと思われ。まあ、そうだとしても、いや、むしろ、そうだからこそ、管理職たちは、部下の能力の足りなさを理由にするんだろうけどさ。

外資に首切りの実態は、こちらのほうが現実的かもしれないし、世の中の複雑怪奇さを説明しているし、自分の体験と合致していて、面白いのでオススメです!

クビと辞職、どちらがトク? 外資系金融のリストラについて考える (2/2)
山崎元,Business Media 誠
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0809/04/news008_2.html


まあ、Chikirinは、自分にとって都合の良いことを、いかにも世の中の正義だと主張する悪い癖があるとよく思うけど、今回も、そんな感じなのでした。

2012-02-16

天声人語って、どれだけーーー

偶然、電車の広告でこんなの見つけた

天声人語書き写しノート
http://top.asahi-media.net/index.php?Itemid=65&id=61&option=com_content&view=article

朝日新聞の1面に毎日掲載されている「天声人語」を、知らない漢字や言葉を辞書で調べながら書き写し、文章の構成力やリズムを身につけませんか?
毎日続けると、世の中のいろいろな出来事がわかります。
知っている言葉がどんどん増えて、文章の構成力もリズムも身につきます

つーーーか、天声人語、どんだけぇーーー

天声人語といえば、大学受験を思い出す。高校の先生だか予備校の講師が、「現代文の点数を上げるには、天声人語を読むのが効果的」と言ってたはず。で、当時は、そんなもんかなーと、ぼんやり思ったものだ。が、今思うと、現代文の点数が上がることと天声人語を読むことに、どんな関係があるか、皆目、見当がつきません。

なんというか、天声人語って、内容がなーーんにもナイ。あと、だからこそ?、雰囲気ばっかりで、みょーに説教くさい。エッセイとは、書き手の物事に対する視点をコンパクトにまとめたものだと思う。従って、エッセイの良し悪しとは、書き手が持つ物事に対する視点に依存する。だけど、天声人語の視点って、なんというか、常識クサイというか、ジジイくさいというか、古ぼけた進歩的知識人ぽいと言うかさ、、、とにかく古臭い。まあ、新聞記者って事情通ってだけで、専門家ってワケじゃないから、仕方ないんだろーけど。

あっ、なんだ、古ぼけた進歩的知識人って、よく考えたら、たんなる時代遅れのジジイってことじゃん。 そう、天声人語とは、「会社では、それなりに偉くなったけど業務時間中は暇で、定時にそっこー帰るオヤジが、目の前の仕事で忙しい若手社員を捕まえて、とうとうと説教をたれている」イメージなんですよ。なんというか、偉い人が話しかけるから、無碍に断れないし、だからといって、言ってる内容はジジイの苦労話、あるいは、自慢話、、、そんな感じ。

テレビもそうだけど、新聞の権威も下がる一方だよなー、などと思った木曜日の夜なのでした。

2012-02-10

分かるといえばわかる。けど、賛同できない

はよ寝んと、明日もしんどいのだが、湧き上がる自分の才能が、筆を進めるわけです。まあ、それはそれとして、こんなブログ見つけた。

ところてん
http://www16.atwiki.jp/tokoroten/pages/1256.html
~大手通信会社の研究所を辞めて、ソーシャルゲーム屋さんに行きます~

さて、そんなわけで2012年1月31日付けで大手通信会社の研究所を辞めました。

(中略)

(色々あって、研究所内のデータ分析チームに異動したけど)、研究所におけるビッグデータ研究のためのアプローチが全力で間違っていた。

(中略)

研究所は外面からビッグデータに見えればよいという姿勢で、hadoopのクラスタを持ってることをアピールしたり、PFIさんと一緒にOSS開発をしているというアピールをしていた。小規模なデータ解析や仮説構築に関して完全に手を抜いていた。

(中略)

(そこで、自分なりに分析を進めようと思って)運用部隊からデータを貰おうにも、運用部隊は孫会社や外注がやってるからデータを貰うのにもひと苦労。事業会社と共同研究しようにも、(中略)どのような成果が出るかを明らかにしないと一緒にやらせてもらえない。データマイニングって、どのような結果が出るか分かってからやるもんだったっけ?さらには、事業会社と一緒にやりましょうとなっても、当の運用部隊にやる気がない(余計な仕事が降ってきたという認識)。こんな状態でどうやって研究をしろと? (省略)


まあ、この人の気持ち、分かるといえばわかる。けど、なんかどうかねー。

まず、大手通信会社だったから、分析に力を入れるつもりはなかったんでしょ。というか、力を入れるつもりないってのは、なかなか妥当な選択だと思います。だって、データを眺めたら、なにか、あらたな発見があると思ったら大間違いだからです。ふうつ、ぼんやりデータを眺めても、なぞがなぞを呼ぶだけです。その意味で、理系の通信系エンジニア集団と思われる通信会社の研究所が、DBに力を入れるってのは、普通のビジネスマンの普通の選択だと思います。天下のIBMの大和研究所の人も、ビジネス・マーケティング系のデータ分析には、二の足を踏んでる雰囲気あったし、もっといっちゃうと、わが社に講演に来た人たちは正直ビビッて他。まあ、だから、SPSSを買収したんでしょ、きっと。

で、つぎ。

事業会社と共同研究しようにも、(中略)どのような成果が出るかを明らかにしないと一緒にやらせてもらえない。データマイニングって、どのような結果が出るか分かってからやるもんだったっけ?


そうですよ。分析とは、どんな結論がでうるか?を提示した上でやるものです。そんなの、老舗だろうがベンチャーだろうが、同じですよ。そもそも、どんな結論が出るか皆目見当が付かない研究所の分析に、事業会社が付き合うわけないじゃん。事業会社は、金稼いでナンボなの。研究所の研究に付き合うほど、みんなヒマじゃないんです。

勘違いしているところは2つあると思われる

ひとつ目
「分析とは、誰もがびっくりするような結論を出すことだ」

だれもがびっくりする結論なんて、あるわけない。前も書いた気がするけど、びっくりする結論とは、常識を疑っていないとダメなの。そして、だれもが体験的に知っている常識をデータから導くことが、常識を疑える第一歩なの。そして、データ分析だからこそ、常識を客観視することができるの。体験だと、こうはいかない。データ分析の基本的な価値は、まずこれですよ。

ふたつ目
「仮説はあたらなきゃいけない・分析者は当たる仮設を提示しなきゃいけない」

仮説はあたっても、あたらなくても、価値があるんですよ。なぜなら、仮説とは、現在認識している構造のことだから。そして、現在の構造では計り知れない問題があるから、分析するんです。そして、現在の構造から類推したとき、計り知れない問題がどうなっているのか?を考えるのが仮説です。で、仮説を検証するのがデータ分析ですよ。だから、分析結果が仮説を棄却しようが、受け入れようが、どっちでも言いわけ。むしろ、仮説が外れたときの方が、現在の認識が間違っていることが分かったんだから、次の進歩の足がかりになるんですよ。そして、仮説があたったときと、外れたときのビジネスにおける含意を、事業会社の人に伝えるのは、まさに分析者の役割です。「Big Dataが流行ってる」とか「大量データには、なにかビジネスチャンスが潜んでいるかもしれない」という理由ってのは、分析をするための理由にはなりません。

まあ、ということの壁にぶち当たって転職したんですよね

事業会社の人と一緒に仕事すると、問題認識が良く分かるからいいかもね。でも、問題を認識できるからといって、解決策(のヒント)につながる分析ができるわけでない。この二つには、信じられないくらいふかーーい溝があるのです。言い換えると、解決策のヒントは、ビジネスそのものと、データとの狭間に潜んでいる。その意味で、分析に取り組めば取り組むほど、プログラミングスキルでは、到底解決できない問題にさいまれることでしょう。

2012-02-05

枯れた技術で勝つ!

たまには、時事ネタを書いてみる

大手電機 テレビ事業で赤字深刻
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120204/t10015776521000.html

今週出そろった大手電機各社のことし3月期の業績見通しでは、パナソニックが過去最大となる7800億円の最終赤字を見込むなど、大幅な下方修正が相次いでいます。その1つの要因が、家電部門を代表するテレビ事業の収益悪化で、▽ソニーは、今年度のテレビ事業の赤字幅が2000億円を超える見通しになったほか、▽昨年度は黒字だった東芝とシャープも、今年度は赤字に転落する見通しです

テレビ事業の収益悪化は、先進国での需要の低迷に加え、歴史的な円高が続くなかで、韓国など海外メーカーの販売攻勢で価格競争が激化し、利益が出せなくなっていることが大きな原因です。


まあ、今に言われたことではないけど、日本の物づくりがいよいよ岐路に立たされてます。特に、テレビ事業の不調要因は、国内需要の低迷と海外での売り負けなんでしょう。なんとなく、需要の低迷(不況と昨年の反動)も、海外の売り負けも(目を背けたくなるかもしれないけど)予想できそうなものですが、なんでここまでひどい事になってしまったんですかね?

ところで、テレビが発展したかなーと思えるのは、液晶になって、画像がきれいになったり、薄くなったことですかね。薄さと大きさの発展は、本当に驚愕すべきことです。一方で、ソフト、つまり使い勝手は、今も昔も何も変わらない気がする。テレビの機能とは、今も昔もチャンネルを選ぶと、所望のチャンネルが映るってだけ。地デジになって、投票できるようになったけど、、、まあそれくらい。でも、それ、ほとんど使わないし。そう考えると、ブラウン管のままだったら、何十年間も、消費者にとってテレビは発展しなかったに等しいのかも。そういえば、リモコンのボタンの数は増えたけど、重要なボタンって、むかしから一緒。

そのうえ?それゆえ?、テレビの国際競争も激しい。サムソンとか台湾メーカーの猛攻たるや目を覆うばかりですよ。まあ、国内では、それほどサムソンの液晶テレビは見かけない。けどその分、海外でやられてるでしょうね。まあ、大雑把に考えると、テレビは、多少映りが悪かろうがなんだろうがかまわない、、、といか、現時点でそれなりにきれいに映っているので、映像関連のハードだけで競争するのは厳しいのかもしれない。

まあ、そんなことで、日本メーカーに今一番求められていることは、枯れた技術(一昔前の技術)でも、海外メーカーに勝てる商品企画ができるようになること!なのではないかな、、、なんてつれづれ思った日曜の夜なのでした。

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ちなみに、、、、、、ですよ。

松下の白物家電(生活家電)は、黒字のようです。そーーーいやーーー、白物家電って、国内メーカーの消費者に対する配慮の高さといえば、すばらしい気がする。海外メーカーの炊飯器なんて、買う気しないよなー。冷蔵庫も海外製は、冷えますってだけって気がする。掃除機も、重たそうだし。なんで、白物家電は良くて、テレビはだめなんでしょうかね?あるいは、なんで、テレビをサムソンとかに、狙い撃ちされたんでしょうかね?その辺を解決しないことには、日本のメーカーは、もはや勝ち目がないかもね、、、なんて気がいたしましたのでございます。