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2021-07-11

ヤクザと家族 The Family

ヤクザと家族(2021)
KADOKAWA

チカーノkeiが何度も見たと言っていたので、気になってみてみた映画。

チカーノkeiがヤクザになった当初、ヤクザとは、単なる非合法組織というだけでなく、社会から見捨てられ、落ちこぼれた自分たちを救ってくれる場だったと言っていた。実は、山口組の組長も同じことを言っていたのをおぼえている。やわらかく表現すれば、世の中には、正しく(=合法的に)頑張るべき場面で頑張り切れない人がいる。そう言った社会から落ちこぼれを、何らかの規律でまとめているのが、ヤクザである、と

この映画では、親子愛・家族愛ともいうべき、愛がいたるところで出てきた。救いようのない街のチンピラに、手を差し伸べる組長。片親の子供にお小遣いを渡す若きヤクザ。敬愛する親分を守る子分、兄貴分の罪を被る子分、、、。そんな中で、抗争による服役後に組を脱退し、カタギに戻った主人公は、職場の同僚ののちょっとした不注意で、全てを失い殺され、映画は終わる。

ヤクザの生きにくさに焦点を当てた展開で、ヤクザの生き方を正当化したくなる。が、そうではないだろう。映画の各所で色々な愛の形が出てきた。が、それも、犯罪者集団が自分自身を守る中で交わされる互恵関係の表面的な形でしかないはずだ。道徳に背を向け、法を破り、一般人を食い物にする中、自分一人では、法律や警察から身を守るすべがないからこそ、犯罪者同士で身を固めるために見かけの家族愛や親子愛が必要になる。それを、さも美しいものかであるように描くこの映画は、ミスリーディングでしかない。一方で、やくざ者の子供が、ふたたび半グレ集団を組織していたり、ラストシーンで、親がヤクザだったとは知らない主人公の子供が、半グレ集団のリーダーと接点をもつようになってしまう展開は、犯罪に手を染める社会階層に一度入ってしまうと、そこから抜け出すことの難しさも、描いているように思う。

思えば、かつてヤクザとヤンキー映画は、人気コンテンツの一つだったし、社会には彼らを受け入れる余地があった。しかし、犯罪の高度化と凶悪化は、やくざ者を社会から締め出す力となり、その結果が、この映画の悲しい顛末なんだろうと思う。

2020-06-08

チカーノになった日本人



HOMIE KEI チカーノになった日本人

ハワイで麻薬おとり捜査で逮捕され、アメリカでの10年に及ぶ服役後にカタギに戻り、現在は育児放棄された子供のサポートや犯罪者の社会復帰に力を注ぐ元超極悪ヤクザの自伝的ノンフィクション。

たまたまYoutubeを見ていたら、この主人公(井上ケイ)が覚せい剤で再び逮捕された田代まさしのYoutubeを引き継いでいた。なんとなく見始めると、淡々と語る言葉とは裏腹に、想像を絶するような犯罪人生に興味がわき、思わずNetflixで映画も見てしまった。

法律を守り、スマホを見ながら運転することに罪悪感を感じる自分からすると、この映画がどんなに興味深いからと言え、彼の人生を、かっこいいとか、社会復帰して立派だなんて言うことはできない。麻薬を売りさばき、一般人を脅し、時には、暴力で相手を痛めつけ大金を稼いていた、と主人公は淡々と語る。穏やかな語り口からは、極悪なヤクザだったことなど連想できない。さらに、服役後は、刑務所で学んだカウンセリングで育児放棄された子供や元服役囚のサポートに注力している。

とはいえ、いくら彼が社会復帰したとはいえ、ヤクザ時代に不法に巻き上げた他人の財産や、痛めつけた人生が戻ってくるわけではない。がしかし、そんなことは、本人が一番よくわかっている。彼ができることとは、自分が犯した過ちに至る道を社会から減らす努力をすることだけだ。それが、この自伝的ノンフィクションであり、育児放棄されている子供や服役囚のサポートである。

この映画を、決して美談にしてはいけない。と同時に、彼の経験からも、社会は学ばなくてならないのだろう。

2019-07-21

成りあがり芸能事務所とお笑い芸人1


犯罪者集団に闇営業をしたということで謹慎していた宮迫と田村亮が、吉本との調整に苦慮した挙句、会社とのやり取りを洗いざらい話してしまった。

宮迫と田村は、謝罪会見の開催を求めていたが、吉本に拒否されたと主張した。宮迫たちは、はやく世間様に謝罪をしたかったと。多くのコメンテーターは宮迫たちの誠実な態度に同情を寄せた。そして、早めの記者会見が、事態の収束を速めたかのようにも言っていた。吉本の対応の悪さが、宮迫たちの復帰を阻んだと。テレビを見ていた時は、なんどなくそんな気がしたが、よく考えると、ちょっと違う気がしてきた。

宮迫&田村亮緊急会見 島田紳助氏にあって、2人にはなかったもの
https://bunshun.jp/articles/-/12938

「宮迫と田村は会見で謝罪会見を開きたいと吉本興業に訴えたが、岡本社長に聞き入れてもらえなかったと何度も会社側を批判しました。しかし、吉本側にしてみれば、2人が当初『詐欺グループからお金を受取っていない』とウソをついていたので、会見で更なるボロが出るのを懸念した部分もあったはず。宮迫や田村には、安直に言い逃れ出来ると高をくくっていた節が垣間見えましたからね。確かに吉本興業が上手いメディア対応をしていたとはいえませんが、2人が会社批判を繰り広げたことには拭いがたい違和感が残りました」

宮迫たちが望む早めの謝罪会見は騒動を治めただろうか?早めの謝罪会見とは、自分たちが、反社会団体から金を受け取っていたことを、公に認めることである。今回の批判の本質は、犯罪者集団からの金銭の授受である。とすれば、謝罪が早いことが、彼らが許される理由にはならない。

一方、吉本は静観を指示した。多くのコメンテーターは吉本の対応のお粗末さを批判した。たしかに吉本の対応はお粗末である。がしかし、よく考えれば、謝っても許してもらえないならば、ホトボリが覚めるまで、だんまりを決め込むのも悪い手ではない。芸能関係者(に限らない)がとる昔ながらの手だ。そもそも、吉本と宮迫たちからいえば、彼らは犯罪者に利用されたのであり、彼ら自身はなんら犯罪を犯していない。モラル以上に負う責任はない。であるならば、世の中の騒動に付き合う理由はない。

ところで、宮迫たちが熱望した早めの謝罪会見のもう一つの含意は、さっさと謝って、しばらく謹慎して、また何もなかったように復帰したいということでもある。がしかし、そうは問屋は下ろさないだろう。というのも、ここ数年、島田紳助・ベッキーのように、モラルに反しただけで、芸能界から引退した、あるいは、仕事が激減したタレントがいた。最近の芸能人は、ちょっとしたスキャンダルで、ポジションを失う。そう考えると、宮迫と田村亮は、このスキャンダルが出た時点で、芸能界でのポジションを、ほぼ失ったともいえる。そう考えると、早めの謝罪会見は、宮迫たちの認識の甘さをあらわにしている。

吉本は、ここ数十年で、大阪の芸能事務所から、巨大なエンターテイメント企業に様変わりした。お笑い芸人の仕事場は、お笑い番組から、ニュース番組のコメンテーターまで広がった。その一方で、芸人たちの行動や吉本のマネージメントは、いかにも前近代的であり、横山やすしがスキャンダルを起こしていた時代と、代わり映えしないように見える。お笑い芸人に求められるモラルは、彼らの仕事場の広がりとともに、変化している。だからこそ、世のモラルにまで、芸人が従う必要性が出てきた。駅前の定食屋が、食中毒を起こさないように衛生管理するように、巨大エンターテイメント企業の吉本も、芸人の行動のリスク管理を行う必要があるということが、今回の騒動の原因に思えてならない。

2019-05-26

Englishman in new york / 存在証明

最近、めっきり音楽を聴かなくなってしまったのだが、ふと聞いたFMからこの曲が流れてきた

Ren 存在証明

ReN 180827 J-WAVE SONAR MUSIC スタジオ生ライブ 存在証明


聞いた瞬間、どこかで聞いたことあるけど、いい曲じゃんと思った。何かに似ているけど、何だったか思い出せず、その時は、曲の名前とともに忘れてしまった。で、しばらくして、この曲が何と似ているか気がついた。

Englishman in New York

Englishman in New Yorkをギターで弾くと、雰囲気がさらに似てくる

Englishman In New York Guitar Tab

山崎まさよしLIVE《先輩Rock You》Englishman In New York【stingのカバー】

そう考えると、歌詞も似ていなくもない。

--  Ren 存在証明

僕が僕という形で生まれてきた意味を
自らの手で探し当ててみたくて

--  Englishman in New York

I’m an alien I’m a legal alien
I’m an Englishman in New York

ネットで調べると、Ren、長渕剛の息子らしい。ネットの記事を見ると、Ed Sheeranのパクリ疑惑も出ていた。

思うに、音楽でパクリを持ち出すのはヤボだと思う。正直、どの曲も何らかの意味で似ている。大事なことは、ふときいたド素人に、その曲の元ネタを推測させないことだ。ユーミンのインタビューに、バブル期に一世を風靡したスキー天国・サーフ天国の時には、Donald FagenやPink Floydをパクった、失礼、彼らの雰囲気をいかに取り入れるかを研究したと言っていた。Ren、声もいいし、曲もかっこよいので、上手く名曲のエッセンスを自分のものにして、よい曲をかいてほしいものだ。

love actually

love actually(2004)
Universal studio


クリスマスに向かって、友達・家族・夫婦などの身近な人間関係の中にある小さな幸せを描いた作品。

知り合いの女性が好きだと言っていたことがきっかけで、数年前、初めてこの映画を見た。映画は、これといった大きな盛り上がりがあるわけでもなく、同時進行で、9個の人間関係が淡々と進んでいく。淡々と物語が進んでいく理由は、loveが題名に入っているにもかかわらず、三角関係やシンデレラストーリーを描いていないからだ。

いや、むしろ、どの登場人物も、なにがしかの欠点を抱えている上に、それぞれの場面設定は、簡単に言えば地味だ。ドラックにおぼれたロック歌手・下町訛りが抜けない首相秘書に恋するイケメン首相・夫に浮気されていることをクリスマス直前に知ってしまう妻、連れ子との関係構築に気をもむ男性・・・・など、全員が完全に幸せだったり、愛情いっぱいな登場人物はいない。むしろ、多くの気苦労や、思い通りにいかないことばかりの日々の生活の中で、登場人物は、周りの人が、常に自分を支えてくれることに改めて気づき、そのことを通じて自分の相手に対する愛を確認する。この映画をみると、どこかほっこりしたり、安心感をえられるのは、こういった小さな愛がたくさんあるからだ。

この映画で描くloveとは、日本語でいえば、恋愛というよりかは、愛情である。舞台設定がクリスマスに向けた日々なのは、単なる恋愛だけでなく、夫婦・家族・友情を描いたためだと思う。思えば、この映画を好きだった女性は、30代半ばで独身だった。彼女自身、こういった愛の形を探していたのかもしれない。

結局のところ、この映画は、ヒュー・グラントの、このセリフにいきつく

love actually is all around




2019-05-19

Spotlight


Spotlight(2015)

Spotlight Poster 

少年に性的暴行を加えていたカソリックの神父を、教会システムがうやむやにしていたことをスクープした新聞ジャーナリストたちの奮闘物語。

話としては単純な勧善懲悪もの。保守的な教会システムが、教会の権威を損なうような神父の性的暴行を、被害者との和解をとおしてうやむやにしていた。そのことを、あらゆる手段を通じてジャーナリズムが悪を暴く。そう聞くと、美しい話だが、私には話半分にしか聞こえない。

神父が性的暴行を加えていたことや、教会が、自分たちの権力を利用し、無力な被害者たちを金銭的な補償でウヤムヤにしていたことは、当然批判されるべきことであり、この映画の通りである。

もう一つ問題は、実は、神父による性的暴行は、スクープされる前にも、何度も記事になっていたことだ。しかし、記者自身が、教会との確執や、カソリック信者からの反発をおそれ、これらの事件を、きちんと調査していなかった。その意味では、新聞社の記者も、教会システムも、同じ穴の狢だ。映画全般を通じて、記者たちは、教会と被害者との和解を取り持った弁護士から、新聞社の不作為について、何度も指摘された。彼らは神父の性的暴行を、新聞が取り上げるようなんども訴えていたが無視されていたのである。が、そのことに対する反省は、ほぼなかったはずだ。もちろん、スクープしたことは評価されるべきだと思う。しかし同時に、ジャーナリズムも世間のしがらみから自由でないことも、この映画のテーマの一つであり、そのことも掘り下げるべきだったはずだ。

そうはいっても、普段の生活で目にすることのない調査報道の大切さを知ることができる一作と、最低限いうことはできる。

2018-03-11

Casino

Casino
Universal Pictures(1995)


カジノ [DVD]

マフィアのボスに見込まれシカゴの敏腕ノミ屋(エース)が、カジノの敏腕経営者に転身し、同じく用心棒として送り込まれた親友のチンピラ(ニッキー)とともにカジノで経済的な成功をおさめる一方、結局のところ、マフィアのルールからのがれられず、身を亡ぼすノンフィクション。

ゴッドファーザーもそうだが、マフィア物の映画のオープニングシーンは荘厳だ。バッハのマタイ受難曲で始まるオープニングシーンは、映画登場人物の成功と悲劇的な没落を連想させる。

主人公のエースは、シカゴのカジノのノミ屋として大きな成功を収めていた。エースの能力の高さ目をつけたのは、ギャングのボスたちである。ギャングは、トラック組合の年金をラスベガスのカジノにも投資していた。そこで、エースをカジノの経営者としてラスベガスに送り込んだ。同時にボスたちは、チンピラのニッキーをエースの用心棒につけた。

エースとニッキーは、ギャングが経営するカジノビジネスの表の顔と裏の顔そのものもである。表面的には合法なカジノビジネスを、エースが仕切った。エースは元ノミ屋としての経験から、どのように客を儲けさせれば、最も多くの金を客から巻き上げることができるか?を知り尽くしていた。

しかし、カジノは綺麗ごとだけで経営できない。カジノは、ゴロツキやイカサマ師の巣窟でもある。イカサマ師やゴロツキからカジノを守るのがチンピラ・ニッキーの役割だ。口よりも先に手が出るニッキーは、ゴロツキやイカサマ師から、カジノの利益とルールを非合法な手段で守った。

エースの才能でカジノは大成功を収める。しかし、いかに合法的なビジネスで金を稼いでも、エースもニッキーも結局はチンピラであり、ゴロツキやマフィアの流儀から抜け出せない。陰に陽に暴力や脅迫で人を支配しようとするエースとニッキーは、最後には、暴力によって自らの身を滅ぼしてしまう。

見ていて、まさにゴッドファーザーを別の側面から眺めた映画だと思った。ゴッドファーザーのマイケルは、マフィアビジネスを合法化しようとし、カジノに進出するが、結局のところ、マフィアの流儀から抜け出せず、Part3では愛娘を抗争で失った。

3時間と長尺な映画。特に最初の1時間程度は、中盤から後半のための布石であり、内容の理解が難しい。しかし、中盤から後半にかけてのエースの成功から、ニッキーの暴走で始まる二人の没落は見ごたえがある。

エース役のロバートデニーロはもちろん、特によかったのは、ニッキー役のジョー・ペシとエースの妻役のシャロン・ストーンだ。ジョー・ペシのチンピラ感とシャロンストーンのバカ女感は特筆ものである。

悪者は不幸になるべきだという、普通の人が普通に願うことが、ベタにかなう胸をすく映画

2018-02-12

The Social Network



The Social Network
Columbia Pictures(2010)

FacebookのCo-Founderエドアルドから見たマーク・ザッカーバードのサクセスストーリーの負の側面

今や当たり前になりすぎた上に、かなり飽き気味のFacebookだが、日本で最初に流行ったSocial NetworkはMixiだった。ClosedなNet空間で個人的な情報を共有するという体験が新鮮だった。何かを書くと、誰かがポジティブな反応を返すという、儀礼的でありながら、他人とつながっている心地よさは、私を含めた多くの若者の本能に訴えた。

その後、Mixiは想像以上に膾炙し、親世代にまで広がった。Mixiに嫌気がさしたまさにその時に、次のメディアがあらわれた、それがFacebookだった。MixiがFacebookやMySpaceのパクリだと知ったのは、そのころである。

創業と成功にまつわる愛憎や妬みはよくある話だ。日本でも、意気投合して同じ未来を描いた二人の創業者が、権力争いをはじめる例は珍しくとも何ともない。もし、この映画が、ほかの些末な権力闘争と違うとすれば、この会社がSocial Networkを商売のネタにしているという点に他ならない。

人付き合い下手なオタクプログラマーのマークは、同級生のちょっとした思いつきを剽窃してSocial Networking SiteであるFacebookを、唯一の親友エドアルドと立ち上げた。有名大学生をターゲットにしたFacebookは、想像以上のスピードで拡大していく。が、会社の成長とともに、二人ができることと、会社に求めれれることが変化し、二人は別の道を歩む結果となる

プログラミングに対するマークの豊かな才能をベースに、人とのつながり(エリカ・エドアルド・ショーンなど)がエネルギーとなって、Facebookが成長する様は、まさにSocial Netの力そのものでもある。一方で、題名がSocial Netであるにもかかわらず、DVD表紙に書いてある言葉、「5億人の友達を作り、数人の親友う失った」というのは、まさに皮肉でしかない。

ストーリー展開も分かりやすくスピーディーで、とても面白かった。が、個人的にはまったのは、Jesse Eisenbergのオタクっぷりである。早口の天然パーマで空気読めないモテない理系秀才というのが、Nerd感満載なのは、やっぱり万国共通だなあと。

2018-01-21

モテキ

モテキ(2011) 東宝



さえない30男が、ある日突然、美女からモテるようになって当惑するラブコメディー

女性向けの'シンデレラストーリー'の映画やドラマはたくさんあるけど、というか、ほとんどがそうだけど、男性版の'シンデレラストーリー'は、滅多にお目にかからないように思う。モテキは、簡単に言ってしまえば、男性版シンデレラストーリーだ

女性版シンデレラストーリーは、わかりやすい。例えば、見た目も生活も地味な派遣OLが、ある日突然、3K(高収入・高学歴・高身長)を絵にかいたような男性に見初められる。自信がない自分を、地位も名誉も金もある男が、自分の中に隠されていた美貌や才能を引き出し、美しく才能豊かな女性に成長していく、といったパターンだ。

モテキの主人公の幸世は、30にもなるのに、出版社の派遣フリーライターの上に、仕事もできない。その上、部屋は汚いわ、仕事場でも、童貞童貞と言ってバカにされている、何のとりえもない男。がしかし、なんだか知らないけど、ある日突然モテるようになるのは、まさに男性版シンデレラストーリーそのものだ。だけど、この映画が女性版と違うところがあるとすれば、主人公の幸世は、最後まで、さえないバカな男というところだ。劇中を通して、仕事上でも人間としても、なんら成長がないグダグダ感満載の幸世だが、最後の最後で、いったんフラれたはずのヒロインの長澤まさみと結ばれてしまう。女性は、男性のサポートで、自分の成長を願い、男性は、女性が、ダメな自分をそのまま愛してくれることを望んでいる、とも読める。

劇中を通して、長澤まさみは、驚異的な可愛さがあった。見た目はもちろんのこと、愛嬌の良さ、気立ての良さ、尻の軽さは、男性を引きつけてやまないと思われる。音楽も良かった。ただ、今聞くと、何となく時代を感じる選曲でもある。

男性に自己肯定感と女性に対する自信を与えてくれる映画

2017-12-30

Sex and the City

セックス・アンド・ザ・シティ・ザ・ムービー
Warner Bros(2008)

セックス・アンド・ザ・シティ・ザ・ムービー[SEX AND THE CITY THE MOVIE]STANDARD EDITION [DVD]

女の欲望(金・美・男)を、ファッションとニューヨークでオブラートに包んだ物語。

一番初めに、Sex and the Cityを見たのは、たぶん98年か99年の頃だったと思う。当時のWOWWOWは、土曜の深夜帯(12時以降)に、海外のソフトにエロい映画やドラマを流していた。当時、家族が寝静まった土曜の夜、こっそりとソフトにエロい映画を見るのを楽しみにしていたのだが、その時間帯に放送されたのが、Sex and the Cityだ。

題名を見て、これもエロい、当時の私はそう考えたはず。がしかし、期待を膨らませて見始めたものの、セックスシーンはおろか、女性の裸すらほとんど流れない。それでもいつかエロいシーンが流れるはずと思って、毎週見ているうちに、ストーリーそのものにはまった。

このドラマは、たぶんアラフォーだけど、経済的に自立して、かつ女性的な美しさを保っている4人の生活を、金・男・ファッションを軸にしてコミカルに描いている。今風に言えば、キラキラ女子(ババア)の恋愛模様だ。

たぶん、女性がみて楽しいドラマだ。主役のキャリーは、有名雑誌のライターとして成功し、自分で稼いだ金でオシャレな洋服を身にまとい、豪華な食事に舌鼓をうち、金持ちの男から愛される(ビッグ)。日本のドラマでもよくあるパターンで、ヒロインは、大体、雑誌社のライターや編集者、もちろん仕事がデキル女でありながら美しく、金持ちのイケメンに愛される・・・

正直、これを見て楽しいと思う女性に引いてしまう。そもそも、大金持ちでイケメンのビッグが、アラフォーのキャリーを彼女にする理由がわからない。世の女性は、ビックに

「若い女は薄っぺらくて面白くないんだよ。女性は、やはり知的で社会経験が豊富でないとね」

などと囁いてほしいのだろう。がしかし、そんなことをいう男はいない。ビッグが40代半ばならば、20代中盤~後半で、物わかりのよくて、見かけが良い女を彼女にするはず。キャリーが選ばれるとしたら、ビッグが50代後半以降の場合だけだ。

他のキャラクターも、正直なところイタイ。サマンサもミランダも、男勝りの金と経歴を持っていて、自分よりも若い・程度の低い男を振り回すというのも、ある種の女性の支配欲である。シャーロットは、お嬢様育ちで、それは、ある種の女性の憧れそのものだ。

でも、それでも何となく見てしまうのは、女性が憧れる女性でさえも、それがゆえに失敗を繰り返す人間的なところが面白と思ったからだった。ビックになかなか振り向いてもらえないキャリー、男勝りなミランダとサマンサ、シャーロットは、お嬢様だけど、世間体がいろいろあって生きにくそうだ。

むかしたまごっちの開発者の人が、ペットをかわいがる理由は、ペットは世話がめんどくさいからだ、といっていた。つまり、扱いが面倒なところがあるからこそ、より愛情は深くなるのだ。Sex and the City は、女性があこがれる女性の成功だけでなく失敗もきちんと描き、憧れとやっかみのバランスがすぐれていた。そして、それこそが、このドラマの人気の秘訣だったのではないでしょうか。

2017-09-23

望まない戦争

いよいよ、金正恩とトランプのやり取りに手詰まり感が出てきた。いろんな人がいろんなこと言っているが、内容は似たり寄ったりだ。自分もその中の一つだ。

・アメリカも北朝鮮は譲歩するつもりはない
・同様に、両者とも戦争を望んでいない
・最終的な解決手段として戦争にコミットしている

このような状況を指してチキンレースと言っている。金正恩もトランプも、強気な姿勢を崩すつもりもないが、強気な言葉の端々に、譲歩の可能性も残し続けている

たとえば、昨日、トランプは国連で、金正恩を自殺志願者のロケットマン皮肉った。
ちなみに、トランプの空気を読まない下品なジョークは、そんなに嫌いじゃなかったりする。

CNN Politocs

Trump to UN: 'Rocket Man is on a suicide mission'
 September 19, 2017

In blunt terms, Trump warned the US would "totally destroy North Korea" if forced to defend itself or its allies.

He said while the US has "great strength and patience," its options could soon run out.

Directly putting the country's leader on notice, Trump suggested Kim Jong Un could not survive an American attack.

"Rocket Man is on a suicide mission for himself," he said.



で、これに対する金正恩の返答がこれ

JIJI.com
「太平洋水爆実験」と威嚇=米大統領演説に猛反発-北朝鮮
2017/09/23-00:44

「トランプ(大統領)が世界の面前で私と国家の存在そのものを否定して侮辱し、わが国を消し去るという最悪の『宣戦布告』をした以上、われわれも、それにふさわしい史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に考慮する」と表明。

「妄言に対する代価を必ず支払わせる」と強調した


まさに、売り言葉に買い言葉なのだが、その中でさえ相手に対する配慮というか、もっともらしい言葉を使うならば戦略的オプションが含まれているのがおもしろい。

トランプは、北朝鮮をぶっ壊してやると言いつつも、それもアメリカや同盟国(日本・韓国)が攻撃されたときと条件を提示しているし、アメリカ自身も、まだ我慢の最中だとも言っている

金正恩も、「史上最高の超強硬対抗措置」という、暴走族の落書きを思わせるコメントで威嚇しつつも、その後で、わざわざ「慎重に考慮」と含みを持たせている

戦争なんて、どっちもメンドクサイだけで、何の得にもならないのだが、こういう風にしか表現でいないのを見ると、まるで反抗期のヤンキーが教師に歯向かっているようにも見えて、ある意味ほほえましい。

この状況を見るにつけ、太平洋戦争開戦前の状況がよぎる

日本政府・日本軍にとって、太平洋戦争は望まない戦争だった。日本政府は、明治以来少しづつ拡大してきた朝鮮半島と満州での権益を守ることが、対ロシアの、最も重要な外交テーマであり、ゆずれない一線だった。しかし、満州の権益をめぐる交渉の中で、アメリカと対立し、沢山の交渉を積み上げた結果、太平洋戦争をせざるを得なくなった。まともな軍人であれば、誰一人としてまともに勝てると思っていなかったのにも関わらず。

現実的に考えれば、欧米はもちろん、中国・パキスタン・インドなど核を持っている国はたくさんある。フセインやカダフィーは、核を持っていないがゆえに、体制が崩壊した。北朝鮮の人には申し訳ないが、金正恩の独裁体制が北朝鮮で収まっているうちは、独裁体制は対岸の火事という見方もできる。北朝鮮は、核を放棄するならば見返りを求めるだろう。しかし、核放棄のために見返りを渡す国もない。

荒っぽい言葉のやり取りと裏腹に、一つ一つゆっくりと、そして合理的に交渉材料をつぶしつつあるのが今の状態。ゆっくり物事が進むのはよいことだが、それは同時に戦争する確信を高めているようにも見える。さて、どうなることやら。

久々の長文かつ駄文

2017-02-12

インド拒否

昔の会社の知人から、愚痴めいたラインがきた。いわく

「インド転勤は断固拒否、インドに行くくらいなら会社を辞めてやる。あんな不衛生なところに住めるわけがない」

ひどい。実は、当人は、ひと月前に転職したばかり。内定条件の一つに、インドに行きがあった、と聞いている。そして、この会社に内定を得るにも、おそらく一年近くの時間を要したはずだ。というのも、その前の会社は3か月持たずに辞めている。年齢は、50歳を過ぎている。営業一筋で、これといった技術はない。

条件だけ並べると、正直なところ、崖っぷちなのではないだろうか。

何度かやり取りをした。やんわりと前向きに考えるように促した。インドでしっかり実績を作ることが大事だし、今後の人生の資産になるはずと。がしかし、全く聞く耳を持たない。お前の意見は他人事だと。

いや、そもそも、私に、その人のインド転勤を中止させることなどできない相談だ。今はお互い別の会社で働いている。そんな私にできることといえば、愚痴を聞くことぐらい。会社辞めて転職してやるなどと、脅迫めいたこと言われても、あなたがそうしたいのであれば、そうするほかありません、としか言いようがない。

そんなことを考えている時、ふと思った。口には出さなかったけど、彼の本音は別のところにあったのかもしれない。それは、

「就職の世話をしてくれないか?」

実は、彼が地元に買ったマンションは、私の職場のすぐそばなのだ。彼は、長い間、転勤で地元を離れている。理不尽なインド行きの惨状を訴えれば、同情を買えるのではないか?。勘ぐりすぎであってほしい。

一方的な愚痴と、みたくもない下品な画像を送りつけてきて、こちらからの質問にはロクに答えず連絡は途絶えた。彼が、この先、どんな決断をするかわからない。がしかし、力になれることも、残念ながら全くない。

ゴースト/ニューヨークの幻




通り魔に殺されてしまい、成仏できない主人公が、霊媒師を通して、まだ生きている恋人を悪者から守りづつける恋愛・勧善懲悪・ファンタジー映画。

自分が、一言でまとめると、こんな感じになる、幕の内弁当のような映画。だけど、白々しいストーリーながらも、それを感じさせないくらい、うまくまとまってる。

画像はDVDのパッケージ写真で、この映画で一番有名なシーン。映画を見る前は、このシーンがハイライトだと思っていた。が、さにあらず。言っちゃうと、映画の本編とは、ほとんど関係ないし、その後の会話にも出てこない。正直、木に竹を接いだようなシーンだ。だけど、このシーンだけで、えらくImplicitにエロく成り立っていて、たしか、CMでもこのシーンが使われていたはずだ。このシーンをCMに使ったことが、人を映画館に足を運ばせた要因の一つにちがいない

本編を見終わった直後は、正直、それほど恋愛映画だとは思えなかった。ストーリーを素直に読めば、主役はPatrick SwayzeとWhoopi Goldbergだ。Demi Mooreは、それに続く役柄である。物語のキーは、インチキ霊媒師のWhoopi GoldbergとPatrick Swayzeの掛け合いにあり、霊媒師のWhoopi Goldbergが、成仏できない(仏教じゃないけど・・)Patrick Swayzeの気持ちや考えを代弁することで物語は進む。

女性が好きな恋愛映画とあったのだが、Demi Mooreの悲しきヒロイン役に肩入れするのではないか。そう簡単には忘れられない、死んでしまった恋人が、死んでもなお自分のそばにいて、危機を救ってくれる、、、というが、女性の本能に訴えかけると思う。

恋人に先立たれて寂しいDemi Mooreを、その友人が口説くシーンがあった。が、寸前のところで結局ヤラず?じまい。たしかに、こういうすがるような表情する人いるよなーと、いろいろ思いを巡らせたのでありました。

男性目線としては、Demi Mooreは、全編を通して驚異的なかわいさがあった。演技、ストーリー関係なく、彼女を見ているだけで、それなりにエンターテイメントとして成り立ってしまう。一般的に女子は、20代の数年は、本当に綺麗でかわいい時期がある。Demi Mooreは、この映画の頃が人生の絶頂期だったはずだ。

ということで、かなり盛りだくさんな内容の割には、ストーリーは、シンプルにまとまっており、とても見やすい映画なのでした

2017-01-19

残業100時間が多いか・少ないか?

本当にどうでもいいのだが、ヒマに任せて書いてみる


長谷川豊ブログ電通過労死問題② 

そもそも私も大手のマスコミにいた人間ですが、残業が100時間程度で済むんだったら、めちゃめちゃ休んでいる範囲です。そんなもんで普通の人間は心を壊したりしません。絶対。

(中略)

もう一度言います。残業が100時間とか150時間あったところで、周囲の環境に恵まれ、人間関係に恵まれてひーひーーー言いながら働いたところで、在京キー局や電通に働いている人間は、通常ですと「絶対に」自殺なんてしません。本当に「楽しい仕事」だからです。


まあ、何やら言う価値すらないのだけど、ヒマなんです

何となく思うのは、長谷川さんは、なんて幸せな人なんだろうかと。こう言い切るならば、自殺した女の子と全く同じ状況で、同じ仕事をしても、自分の人生が間違いなくハッピーになれると言い切ってほしいものだ。

人間関係にも周囲にも恵まれないけど、生活のために働いている人など山ほどいる。というか、長谷川さんと、こいつの知り合い以外、全員そう

アナウンサーになれるのは、1000人に1人とか。逆に言えば、スーパー奴隷候補の学生を、TV局は1000人から1人を選んでいるともいえる。女子アナは、それに加えて、表面的な華麗と清廉さ、かつ男受けのよさが必要だから、さらに大変。

長谷川さんに聞いてみたい、あなたが(最も)苦手とする業務と環境で、最低、月に100時間以上の残業をしても、いまと同じテンションを保てるのですか?と。

もっと言っちゃうと、表題をよく見みると、彼の主張は、「会議をなくせ」なんですよね。長谷川さんは、きっと、下らない会議を沢山して、長時間残業したんでしょう。そう考えると、長谷川さんは、正しいんですよ。だって、会議時間の長さが、長残業時間の原因ならば、だれも自殺なんてしないはずだから。個人的には、長時間残業は、絶対にイヤだけど、残業代の稼ぎ方としては、超効率的とも思ったりするのです。

TV局、偉そうにしているけど、せんじ詰めると、総務省の許認可事業の隠れ公務員。そう考えると、長谷川さんのように、40歳近くになって、思考力ゼロで、歪に思考する中年オヤジが出来上がってしまうのも無理ないのかなあ~と思ったりするわけです

2017-01-02

電通過労死事件

電通社員の過労死が、いまだ大きな話題になっている

数か月間にわたり、認められているだけでも、月に100時間以上残業したあげく、自殺してしまったそうだ。上司のパワハラ(やんわりと表現すれば、仕事上での厳しい指導)も、自殺の原因の一つだと言われている。12月に入ると、労務担当者は書類送検された?される?とも報道された。

で、この事件?について、つれづれ思うこと

(1) この程度の残業で自殺
月100時間程度の残業で自殺するなんて甘えだ、という言い方をたまに見かける。その手の失言で、批判された大学教授もいた。

個人的に思うのは、月100時間の残業、2~3ヵ月だけ我慢するのは堪えられる。だけど、未来永劫つづくとなると、やってられない。月100時間とは、一日平均4時間の残業がほぼ毎日つづき、それに加えて、少なくとも毎週土曜日は、丸一日働く必要がある(土日休みだとして)。一日8時間労働で、9時出社ならば、仕事が終わるのが早くて22時になる。考えただけでヤダ。堪えられない。

で、そもそも、なんでそんな訳の分からない残業が発生するのか考えてみた

(2) 業務が迷走
個人的な経験によると、過剰な残業発生するのは、業務が炎上しているときだ。こういう時には、たくさんのわからない病にかかっている

・ 何をすべきか
・ どのくらい時間がかかるか
・ どのくらい・どんなリソースが必要か
・ なにが目的か
・ どうすればお客さんが満足するか

が、皆目わからない。

何がゴールなのかわからないので、手当たり次第に、やみくもに作業する。それでも時間を費やすので、なにかしら成果はあがる。しかし、そもそも目的を理解していなので、成果が増えるにしたがって、なぜか心配と懸念が指数関数的に増える。で、迷走した挙句、成果物は理解不明・複雑になり、お客さんが激怒する。そりゃ、作っている本人たちが何しているかわからないので、話を聞くだけのお客さんが理解できなのなんて、当然。ザ Death March

これは、そもそも、できもしない仕事を請け負ってしまったことが問題。マネージメントが崩壊していると、こういう憂き目にあう。

(3) 金を使う気がありません
例えば、やるべきことも、かかる時間も分かっている。だけど、投入リソースを、わざとすくなくするケースがある。まあ、単純に言えば、人件費や設備費をケチって金を使わないということだ。シニアマネージメントは、法律に則って従業員を働かせる気などまったくなく、彼らは従業員を家来か奴隷か子分だと勘違いしている。そもそも、シニアマネージメント層も、奴隷から人間界に解脱したので、一般職は、こういうバカな働き方をして当然だと思っている。でも、このパターンは、実は(2)に比べればラッキーな方だ。なぜならば、やるべきことは明確なので、時間はたくさんかかるけど、いつ終わると想像できるからだ。

(4) 電通のケースは?
電通のケースは、(2)+(3)だったのでは?と想像する。よく、バブル以前に働き始めたジジイが、おれたちは、月100時間以上残業したものだというやつがいる。が、それは、繁忙期が明確な(3)のケースに違いないと信じている。(2)はプレッシャーもきつく、労働時間も長時間に及ぶので、よっぽど精神的にタフでないと、そうそう長時間働くことなどできない。

電通の労務担当者が書類送検されたと報道されていた。その人は、会社の利益を増やすための人柱となり、労働法を破った挙句、犯罪者になってしまった。会社のために犯罪者になるなんて、個々人的にはありえない人生の選択だ。従業員を犯罪者に仕立て上げる会社や上司のものとでなんて、雑多い働きたくないと思うわけなのです






2016-10-25

Azn面接

たぶん、今からちょうど1年前くらいに、今をときめくAznに転職面接に行った

やんごとなき理由により、とある転職エージェントに登録した。すると、件の会社が人材を募集していた。まあ、どうせ無理だろうと思いつつ、ダメ元で書類を出してみる。すると、一週間後、面接してやるとの連絡がきた。

まあ、珍しいこともあるもんだと思いつつ、面接の詳細をエージェントに確認すると、なんとインド人とテレカンだという。しかしながら、正直なところ、テレカンなんてしたことない。そもそも、英語で話すことすら怪しい。ということで、はてさてどうしたもんかと逡巡した結果、通っている英会話学校の先生と面接の練習をすることにした。一時間ほど、志望動機をネイティブの先生にチェックしてもらった後、英語で自己紹介の練習をした。先生には、もっとスムーズにしゃべれるように練習してねと言われたが、その後、特段何もせずに過ごす。

で、面接の当日、定時と同時に、いそいそと退社。新宿のマンガ喫茶に向かう。指定の時間になったのを確認し、インドに電話をすると、担当者のインド人が出た。インド人は、なにかをしゃべった。がしかし、なにを言ったのか、ほとんど理解できなかった。ヤバイ、どうしようとうろたえる。しかし、黙っているわけにはいかないのだ。そこで、彼が知りたいであろうと想像する内容について、大演説をした。内容があやふやになってきたと感じた時には、同じことを無意味に繰り返した。

で、そんなこんなで、約一時間後、面接が終了した。正直なところ、ダメ過ぎて、すがすがしさすら感じた面接だった。

約1週間後、エージェントから再び連絡がきた。完全にダメだと思っていたのだが、なんとインド人は面接を通してくれた。しかも、その理由が、上手くコミュニケーションをとれたことがよかったと。その話を聞いた時、インドの歴史の奥深さを感じずにはいられなかった

2次は、Hiring Managerと目黒にあるオフィスで面接。Hiring Managerは、あーでもない・こーでもないと、よく言えば非常に多面的に、悪く言えば、揚げ足を取りつつ、重箱の隅をつつくような質問を非常にねちっこく聞いてくる。ちゃんと答えられてるかわからないなーと思いつつ、最後の質疑応答となる。そこで、思いつきで投げかけた質問が、Hiring Managerの心に刺さり、最後の最後で、異様に意気投合して面接が終了。これは、きたてるぞ!と思いつつ家に帰宅。

たぶん、1週間後、最終面接の連絡が来る。面接官は、3人。1人が1時間見当で、3人連続して話をするという、人事主催の最終面接。

一人目は、Aznでデータ分析しているという人。分析しているという割には、話をしても、なんとなくあまりかみ合わなかった。というか、本当に、こいつ分析しているのか?と疑念が沸く。あーでもない、こーでもないといいつつ、一人目が終了

二人目は、システム系のお兄さん。経歴を聞いたところ、昔は、メーカーでスマホを作っていたと言っていた。Aznのシステム開発の方法などを、いろいろ教えてくれるが、オレ、別にシステム屋じゃないけどね、とおもいつつ、わーすごいですねーさすが、とか言って胡麻をする。この人も、非常に多面的な質問をしてきた。が、いつものように、マイペースかつ、空気読めない感じで返答していたところ、お兄さんは、いいねー、イイネーと、たくさんほめてくれて、調子に乗る

二人目を終えた時点で、これは、ひょとするとひょっとするのでは、とスケベ心がもたげてくる

三人目は、sellerのマネージャーのお姉さん。このお姉さんが、曲者?だった。何か言うと、全力で否定してくる。まあ、今までの人も、そう簡単には納得してくれなかったが、だからと言って、攻撃的ではなかった。このお姉さんは、否定的というか、非常に攻撃的で、対応に往生した。たまに、外資でイカレタ人がいると聞くが、まあ、まさにそんな感じ。で、これまた、あーでもない、こーでもないと1時間ほど話し、面接終了。

で、2週間後、不採用の連絡がきた。理由は、分析は問題なさそうだけど、積極性が足らなかったとのことだった。まあ、なんでも基本、受け身なので、指摘はその通りなので、仕方ないとい感じだった。ただ、個人的には、提案や提言はこまめにしているはずなのだ。がしかし、なんせ、皆さまが期待するようなことを、私は言わないので、何か言っても、だれも記憶に残らないというのが、現実なのである。そう、私、空気を読めないんです

まあ、Aznさん、行ったら行ったで大変だと思うので、まあ、これもまた運命と受け入れるのが良いかと思う今日この頃なのでございます

2016-10-12

雑感

このブログ、引っ越しを挟んで8年も続いていることに、最近気がついた

昔書いた内容を読み返すと、正直なところ、どうでもよいことがたくさん書いてある。というか、今書いているこの内容も、どうでもよいことだ

その時に感じたことを、そのまま書いてきた
他人の悪口めいたこともたくさん書いてある。バカみたいに、自信過剰なところもたくさんある。人が読んだら、どう思うとか、そんなこと考えずに書いている。そもそも、読んでほしい相手がいるわけでもない。

以前は、仕事も忙しく、自分の力不足もあり、このブログでストレスを発散した。最近は、仕事にも慣れ、生活も気持ちもゆとりが出てきた。気持ちに余裕が出てくると、批判めいたことを書きたいとも思わなくなってきた。

そもそも、以前に比べて、理不尽だと感じることが減った気がする。そんなもんだと受け止められるようになった。同時に、いろんな要求に対応できる引き出しが増えた。

ここまでくるのに、とてもたくさんの時間を費やした。同時に、自分のわがままを押し通して、多くの人に、たくさんの迷惑をかけた。いまの経験を得るために、あんなにゴタゴタする必要があったのだろうか?とよく思う。でも、当時は、どうしようもなかった。誰一人として、どう対処すればよいか分かっていなかった。

そんなことを漠然と感じた夜

2016-09-06

2016-08-10 2016 London Bordeaux Bilbao旅行9 7月25日(月)

ついに帰国の日

朝。4時半ごろに起きる。身支度をして、5時半ごろにはホテルを出発し、ビルバオ空港へ。ホテルで読んでもらったタクシーのおっちゃんは、何を思ったかすごい勢いで車を飛ばし、6時過ぎには、空港に到着。

出発は、7時40分発ルフトハンザLH1829。かなり早く着いてしまった。まあ、といっても遅いよりはましなのである。そうそうにチケットを発行してもらい、荷物を預け、X線検査をうけて出発ロビーへ。たぶん、まだ、7時前。ネットを見たりしてウダウダ過ごす。

しばらくして、Boarding gateに移動。なかなか搭乗が始まらないが、そうこうしているうちに機内へ。



なんと、最前列の通路側だった。おそらく、チェックイン一番乗りだったのだと思う。機内は、そんなに混んでいない。寒かったのでラグをもらって、ウトウトしているうちに、約3時間後、乗り換えのミュンヘンに到着。ここで、なんと6時間も待たなくてはならない

とりあえず、朝ごはんを食べる。しかし、サンドイッチなど洋食は、さすがに食傷気味。冷蔵カウンターにあった握りずしとビールをいただく


この、小僧寿しのような握りずし、なんと15ユーロもする。あり得ないのだが、日本食が恋しくて買ってしまった。味は、普通においしかった


ご飯を食べても、まだ12時前。ビールを飲んだり、ウロウロしたりして、とにかく時間をつぶすつぶすつぶす。空港内を何往復したかわからないくらいだ。

で、努力のかいもあり、15時ごろになる。最後のお土産を買いつつ、搭乗口へ移動する。



去年のポルトガル旅行の時は、CDGで大島優子らしき子を見つけたが、今回は、そんな発見もなかった。時間になり、機内へ搭乗。窓際の席でホッとする。が、しかし、機内は満員。そして、隣はおじさんが座った。このおじさん、日本に到着するまでの間、ほとんど席を立たなかった。おじさんがいないすきに、トイレとか行きたかったのだが、それもなかなかかなわず。そして、例によって、帰りの飛行機、とっても疲れているのにもかかわらず、落ち着かなくて眠れない。映画を見たり、音楽を聞いたりして、時間をつぶす。で、何とかお昼頃に羽田に到着した。

羽田でご飯を食べ、家に帰り、そのまま近所の温泉に行って、汗を流す。というか、家にいたら、絶対昼寝してしまうので、それを避けたかったのだ。

ポルトガル旅行の後、こんなに早く海外旅行に行けるとは、夢にも思わなかった。今回は、ちょっとしか滞在しなかったけど、3カ国も行けたのは、本当にラッキーだった。そして、英語も、まあそれなりに、かなり通じたので、なんのトラブルもなく旅を終えることができた。

次、一体いつ海外旅行に行けるのか、全くわからない
だけど、また機会があれば、海外に行ってみたい


2016-08-10 2016 London Bordeaux Bilbao旅行8 7月24日(日)

本日、旅の最終日。ということで、今回の最大の目的San juan de gaztelugatxeに行きました

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★ Gaztelugatxeへの行き方

夏季は、Bilbao市街のPlaza Moyúa squareからA3517の路線バス(Bizkaibus)に乗ると、Gaztelugatxeの最寄りバス停まで直接行くことができる。バスは毎時40発。所要時間は1時間くらい。2.5ユーロ。
ただし、同じBermeo行きだけど、Gaztelugatxeによらないバスもあるので注意。また、冬は、Gaztelugatxe周りのバスがないらしい。その時は、最寄りのBermeoやBaxioからタクシーで行くしかない。Bilbao駅前にある観光案内所に行くと、いろいろ教えてもらえます

バスを降りたら、山道を下り島の頂上の教会まで徒歩。片道で40分程度。
山道と石段を上るので、季節を問わずスニーカー必須。サンダル・ヒールなどでは歩けません
夏は、水とタオルも必須。バス停のそばのレストランが、唯一の売店。途中に売店ありません

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朝起きて、朝食を食べた後、たしか8時ごろホテルを出発。Gaztelugatxeへの行き方は、昨日、すでにTourist informationのお姉さんに聞いてある。ということで、Plaza Moyúa squareに歩いて向かう。がしかし、乗りたかった8:40発のバスは乗り遅れてしまった。仕方ないので、適当に時間をつぶし、9:40発のバスに乗る。

よく見ると、たぶんほとんどがGaztelugatxeに行く観光客。そして、例によってアジア人は、全くいない。外人に囲まれつつ、海沿いリゾートを眺めつつ、約1時間ほどで、最寄りバス停に無事到着

バス停そばのレストランにあるGaztelugatxeの看板


日差しが強い。他の観光客と一緒に、急坂の山道を下っていく。


約10分後、念願のGaztelugatxeが見えた!家族連れおおし。



山道を下りつつ、何度もGaztelugatxeがあらわれ、何度も同じような写真を撮りまくる


そして、石橋のたもとに到着、たぶんここまでで20分くらいだけど、山道なので結構つかれる


 この石段を登って、頂上の教会を目指す


登っている途中、つづら折りの階段


すごく時間がかかった気がしたけど、ふもとから15分後に頂上に到着
家族連れがたくさん、子供が教会の鐘を鳴らしていた
なんとなく、なかには入らずじまい


頂上からの眺め、大西洋がすごくきれいだった
お気に入りの一枚


階段を上から眺めて悦に入る



一休みしたのち、名残惜しいけど、教会をあとにすることにした。階段を下り、再び山道を登ること約30分後、ふたたびバス停に到着。バス停そばの観光客向けレストランに入りたかったが、めちゃめちゃ混んでいる。そもそも、一体いつバスが来るのか分からないので、バス停そばの日陰で、ぼんやりバスを待つ。たぶん、20分後くらいに、Bilbao行きバスが到着。無事に乗車し、そのままBilbaoに戻った。

たぶん、この時点で3時ごろ。ホテルに戻るには早すぎるということで、なんの当てもなく地下鉄で旧市街に行ってみる。地上に上がると、なんと、バスク的な街並みがあってびっくり。Bilbaoの街並み、見るべきはここだったのだ。




休みの日だから、お店はほとんど営業してない。でも、街並みを楽しみながら散歩をする。走行しているうちに、ヌエバ広場に到着する。たくさんのバルがやっていて、凄くにぎわっている。なんか食べてみたいと思ったものの、暑さで疲れたのか、なにも食べられず、見るにとどめる。なんと、今気づいたのだが、写真も撮っていない。再び、駅前にもどり、アイスを食べて一息ついた。

で、そのまま地下鉄に乗り、ホテルにもどった。ホテルのフロントでカギをもらったとき、どこ観光行ったの?とか聞かれたのだが、すでに英語で答える気力もなく、愛想笑いでごまかしてしまった。

ホテルで、一息入れた後、7時ごろ、近所のバルへご飯を食べに行く
再び、ビールとピンチョスをいただく。今日のお店は、きちんと温めて出してくれたので、前の日よりかはおいしかったです。あと、ビールが、甘めでした



そんなことで、最大の目的であったGaztelugatxeに行けて、本当に大満足な一日なのでした。

2016-09-02

2016-08-10 2016 London Bordeaux Bilbao旅行7 7月23日(土)

今日は、Bayonneから国境を越え、SpainのBilbaoに移動する日
たしか、朝、6時ごろに目が覚めた。身支度を整え、朝ごはんを食べに行く。パンと果物、ハムがおいしい。



これが泊まった駅前のホテルCOTE BASQUE



たしか、8時ごろチェックアウトする。しばらく駅でブラブラしたのち、8時28分発フランス国鉄にのり、HENDAYEへ向かう。まあ、田舎の電車だから車内は空いている。


風景をぼんやりみつつ、30分ほどで国境の町HENDAYEに到着。ここで、スペインの私鉄EUSKOTRENに乗り換え、IRUN駅へ移動。風景を見ていたら、あとから来たフランス国鉄のIntercityという急行?が、HendayneからそのままIRUNまで走っていったのを見る。そういう手があったのかと、若干悔やむ。が、EUSKOTRENに乗れたは、素朴にうれしかった



EUSKOTRENのIRUN駅からは、ASLAの長距離バスでBilbaoまで移動しなければならない。がしかし、バス停がどこだかわからない。というか、そもそもIRUN駅で降りたのが正しいのかもよくわからない。まあ、その辺にあるだろうと思って、適当にうろつく。が、それらしいバス停は見当たらない。さて困ったなあ~と思っていると、ちいさなカフェが目に入る。とりあえず、お店に入りコーヒーを適当に注文、で一息ついた後、おもむろにお店のオバちゃん?お姉さん?に、ビルバオ行のバス停の場所を聞く。すると、スペイン国鉄のIRUN駅の出口にあると教えてくれた。で、言われたとおりに、道を進むと難なく券売機とバス停を発見

これが券売機、英語表記があり


これがALSAの長距離バス。 乗車券も無事購入し、11時IRUNを出発。バスはガラガラで、ぼんやり過ごす。途中、サンセバスチャンに到着、すると、大量の観光客が乗り込み、座席は満員になってしまった。いやはや、危なかった。



高速から海沿いリゾートなどを経由しつつ、たしか3時間後くらいにビルバオのバスターミナルに到着。で、そのまま地下鉄に乗り、中心地まで行く。で、その後、歩くこと20分くらいでようやくHOTEL VISTAに到着。たぶん、すでに3時前だったと思う。いやー、思ったより遠かったと思いつつ、昼寝して一息つく。で、4時ごろ再び行動開始。とりあえず、駅前のTourist Informationにいき地図をもらいつつ、今回の旅の最大の目的地Gaztelugatxeへの行き方を教えてもらう

で、その後、当てもなく新市街をうろつきつつ、グッゲンハイム美術館に到着
美術館、入っても良かったのだけど、なんとなく興味を持てず周辺を当てもなくぶらつく



六本木ヒルズと同じオブジェを発券する。ヒルズにあると、狭いし単なる妙なオブジェだけど、ここにあると、なんとなく様になるから不思議なものだ




Tourist Informationでもらった地図を頼りに新市街を歩くが、書いてあるほどには何にもない。土曜だから?なのかもしれないけど、結局、めぼしい店もなく、ホテルまで戻ってくる。で、一休みしたのち、Spain Barへ夜ご飯を食べに行く。これといったあてもなく、適当に入り、適当に座る


これが念願のピンチョス。いろいろあっておいしそう


TXAKOLI(チャコリ)とピンチョス。チャコリとは、スペインの微発泡白ワインのこと。お店の人に、チャコリを飲みたいというと、ウエイターのお兄さんが、「この日本人が、チャコリを飲みたいと言ってるぞ~」風な感じに大きな声で注文してくれた。まあ、何といっていたかはわからないんだが。


まあ、ロゼとかのみつつサンドイッチを食べる
鶏の丸焼き?らしきものもあったのだが、一人で食べるには大きすぎるので断念



 JUST EATって何かと思ったら、イギリスの宅配弁当のフランチャイルズのことのようです


ピンチョス、思いのほかおなか一杯になった。あと、ワインを3杯くらい飲んでしまい、ややほろ酔いに気分になったところでホテルに戻る。念願の本場のスペインバル、まあ、期待したよりかは普通の味だったけど、地元民に交じって、適当にごはんを食べたり、ワインを飲んだりできたのは、良い思い出となりました。