2013-03-01

九州縦断旅行5

24日(日)は、雲仙温泉を後にして、島原観光しました。で、その後、漁船のようなフェリーにのり対岸の大牟田にわたり、西鉄特急で福岡に移動、宿泊しました

朝起きて、せっかくなので、再度いおうの温泉にはいり、雲仙を満喫した後、朝食を食べました。で、たしか9時半ごろ旅館をチェックアウト、一時間ほど散歩したりして時間をつぶし、10時半の島鉄バスで、雲仙温泉をおり、島原外港に移動しました。

で、バスの中から見えた雲仙平成新山がこれ



正直な話、雲仙といってもなんとなくピンとこなかったわけです。溶岩ドームを見たとき、が、そうえいば、高校生のころ雲仙が噴火する様子を報道していたことを思い出しました。たしか、とても大きな火砕流が発生して、消防署の人とかカメラマンがなくなったはずです

で、はてさて、どこでバスを降りるべきかと逡巡しているうちに、島原外港に到着。大牟田に行くならフェリーに乗らなきゃいけないというだけの理由で、港で下車しました。で、港で、はて、このさきどうすべきかとブラブラしていたところ、なんとコインロッカーとレンタサイクルを発見。そこで、港に荷物を置き、レンタサイクルで島原観光することにしたわけです。


港と島原の街がどのくらい離れているか見当つかなかったのですが、西に向かうこと20分くらいで街らしき場所にたどり着きました。で、最初に見つけた島原名物が浜の川湧水。




きれいな水が、まさにこんこんと湧き出ていて癒されました。で、一人でじっと見ているのも、それまたアヤシイので、浜の川湧水をそうそうに立ち去り、つぎに行ったのが島原城



島原藩はたった4万石らしいのですが、お城だけ見るとすごく立派です。50万石以上あった島津藩が、天守閣を作らなかったことを考えると、なんというか、今風に言えば見栄っ張りな大名ようです。が、その結果、領民に大変な苦役を強いたため、天草・島原の乱という大一揆がおきてしまいました。ちなみに、島原の町をウロウロしましたが、天草四郎の生まれ変わりと喧伝している美和明宏の姿は露も見ることができませんでした。勝手なことを言えば、美和明宏をうまく担いで、島原・天草観光に役立てることはできないのかなー、でも、田舎だし保守的だよなー、よく考えると、都会でもヤダナーなどと漠然と思いをめぐらしたわけでございます

これが、島原城内にあったおみやげ物屋さんの寒さらし。まあ、平たく言えば白玉ダンゴです。



話が前後しますが、島原城の由来


原城の模型。原城は、一揆方が立てこもった戦国武将有馬氏の古い居城です。島原城の中は民族博物館らしきものになっており、一揆を誘発したキリシタンに対する拷問の様子も展示されていました。なんでも、改宗しないと指を切り落としたり、雲仙の噴火口に突き落としたりしたそうです。それでも改宗しない人もいたとかで、それはそれですごい、というか、拷問されて改宗したとなると、そのあともどんな目に合わされるか分からないのかも知れない、などと漠然と思いました。


これが天守閣からのながめ



島原城を堪能した後は、再び湧水のある町並みを見て回りました
これが、湧水庭園「四明荘」。いわれはよくわかりませn


湧水がある町並み。
水路にコイを放しているのですが、観光客がこぞってコイを写真にとっている姿を見て、コイってそんなに珍しい魚だったんだと思いを新たにしました



で、島原観光を終えたのが、大体午後2時ごろ。漁船フェリーは3時過ぎの出発だったので、おそらく地元の魚屋さんとおもわれる平野鮮魚さんがやっている定食屋でお昼ご飯をためました。



たのんだお刺身定食
味は、、、まあままですかね。


で、お昼ご飯を食べた後、大牟田に船で移動しました
これが、島原鉄道が運営する漁船フェリー


揺れるかなーとおもったのですが、凪だったので、ぜんぜんゆれませんでした
大牟田港についた後は、バスで駅に移動し、西鉄特急で福岡天神まで移動しました
で、地下鉄で祇園駅まで移動し、無事、ホテルにチェックインし24日のイベントも無事修了、とあいなったのでございます

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