2015-03-15

2015年ポルトガル旅行8  ~2月12日(木) ポルト1

12日はギマラインスからポルトに移動する日。

8時ごろ、ややゆっくりと起床。身支度を整えて、朝食をたべにレストランへ行く。パン、チーズ、そしてスイーツの類まで、いろいろ用意してある。食いしんぼうな自分は、すべての料理一通り食べないと気が済まない悪い癖がある。で、この日も、ほぼ全部の料理を食べてしまう。またしても、おなか一杯に。日本人ツアーのオバちゃんたちは、すでに出発したようだ。

ご飯を食べた後、用意をして11時ごろホテルをチェックアウト。フロントでタクシーを呼んでもらう。で、そのまま駅へ移動。券売機でチケットを購入し、11時45分発の電車にのりこむ。で小一時間でポルト、サンベントス駅に到着。で、そのままホテルにチェックイン。

Grande Hotel de Paris



駅そばにある、1877年に創業したとう小さいホテル。別に豪華でも広くもないんだけど、小さいけど、小じゃれた女子好みのホテルだと思う。エレベーターが、昔ながらの自分で扉を閉めるタイプだったことが印象的だった。

荷物を置き、スマホを充電しようとして気がついた。ケーブルがない!色々さがしても、どうしてもない。どうやら、ギマラインスのホテルに置き忘れたようだ。仕方ないので、何かの時のために、そのままスマホの電源を切った。

気持ちを取り直し、ポルト観光へ出発。まずは、駅で、次の日の特急のチケットを購入。で、まずは、目の前に見えていたグレリゴス教会へ。


礼拝堂を通り、教会の展望台に上る。
登り切った展望台から望む、整ったポルトの街並みに大感動!




展望台は狭かったけど、ほかの観光客もすくなく、景観を堪能した。本当に、なんども写真を撮ってしまった。ポルト、それほど期待していたわけでなかったけど、それだけに、感動も大きかった。

再び、駅方面に戻る。途中の街並みを見るだけでうれしい



そのまま、カテドラルSeへ。これまた、荘厳な建築物だ




街角にいたネコ。かわいい

カテドラルSeから眺める街並み



言葉いらないのだ。カテドラルSeからポルトの歴史地区を歩き、ドロウ川の河岸、カイス・ダ・リベイラに到着。

歴史地区の街並み。


カイス・ダ・リベイラと、ドン・ルイス一世橋






カイス・ダ・リベイラをざっと見た後は、サン・フランシスコ教会へ移動。

ポルトの街並みを走るトラム

サン・フランシスコ教会



教会を見た後は、再びカイス・ダ・リベイラへ移動。
橋を渡り、対岸のノヴァ・デ・ガイアへ。そう、ポルトワインの見学に行くのだ

2015-03-10

大学教育と職業訓練

ふと、大学(院)教育と職業訓練について考えることがあった。というか、昨日、ゼミの同窓会に行ったとき、新聞記者になった同級生がいて、その人が、いま、大学の社会的意義を調べているとかで、そんな話になった。

自分自身、大学での勉強は、いまの仕事内容と無縁と言い切れる。じゃあ、何の役にも立っていないかと言われれば、まあ、何かの役に立っている気はする。今、マーケティングの仕事をしているけど、マーケティングが社会科学である以上、社会学部で習ったことが無縁と言い切れないからだ。実際、大学で聞いたような考え方は、ちょいちょいでてくる。でも、だからと言って、直接、その知識を駆使して、仕事をすることは、まずない。

個人的な話をすると、大学を卒業してしばらくしてから、大学院に行った。大学院では、統計学やプログラミングなど、まあデータ分析のお作法を勉強した。大学院進学の目的は、職業訓練そのものであり、勉強内容が、今の仕事に直接関係していることは間違いない。だけど、役に立っているかと言われれば、なぜか、これまた断言しきれない。

なぜかといえば、学校で習ったことは、いわばお作法というか、手ほどきであり、Working knowledgeにはほど遠いからだ。もちろん、学校で勉強した基礎理論をしらなければ、その先もないんだけど、今となっては、学校を出た後のほうが、とんでもなく長いわけだ。だから、なんといっていいかわからないけど、学校で習ったことが役立って、もう、その後の人生ウハウハですわ、とはならないのだ。まあ、当たり前だけど。

なんとなく思うのは、大学教育が職業訓練に結び付けば、大学の社会的価値は高まるのは間違いない。だけど、学生の側からいえば、大学を出た後の人生のほうが圧倒的に長いのも事実なのですよ。個人的には、どんな仕事が向いていそうかなんて、働いてみないとわかりっこないと思うので、そりゃなんでもすんなりいけばいいんだけど、人間万事塞翁が馬と考えて、20代のうちは、勤める会社すべてインターン的なノリで過ごしても悪くないんじゃないかと、無責任に考えたりもする。

と同時に、学校(大学院)で習ったこと、例えば、自分でいえば統計学やデータ構造とアルゴリズム系の基礎理論ですら、関連する職に就いてるにもかかわらず、もうすっかり忘れ去ってしまっており、知識の錆びつき具合もハンバなく、どんどんバカになって行っているいることは確実なので、定期的に頭の中身をアップデートし、凝り固まった頭をほぐさなきゃいけないんだけどなあ~、とよく考える今日この頃なのである。

2015-03-08

2015年ポルトガル旅行7  ~2月11日(水) ナザレ~ギマラインス2

ギマラインス行きの鉄道は、ゆっくりと北上していく。
社内は平日の昼間だけあって閑散としている。日本人どころか、アジア系は一人もいない。観光客は、めったに乗らないであろう鉄道で移動することを心から楽しんだ。電車に乗っているだけでも幸せなのです。


小一時間後、目的地ギマラインスへ到着する。駅前に止まっているタクシーに乗り込み、ポザータへ向かう。10分ほどで目的地に到着した。このとき、たぶん、16時前。ナザレを出て、8時間たっていた。



このポザータは、12世紀にたてられた修道院 'the Monastery dos Agostinhos'を改築したホテルなのだそうです。丘の中腹にあるこの落ち着いたホテルからは、ポルトガル初代国王アルフォンソ・エンリケスが生まれたといわれているギマラインスの街を見渡すことができるのです。

と・も・か・く!期待以上の景観!テンション、ハイパーマックスへー、と興奮してもひとり。



ひとまず、カウンターでチェックインをする。さすが、たぶん高級な類のホテル。いままでのホテルの従業員と異なる丁寧な対応。カウンターからは、ボーイさんが荷物を運んでくれた。チップを払ったはずだが、あまりはっきり覚えていない。

大広間


これはおそらく応接であろう


ピアノもおいてある


応接にある暖炉
暖炉の前のソファーでくつろぐ。気持ちだけは、王様になったようだ。といっても、ここは元修道院なのだが。バチバチと燃える木の音にいやされる



これが、案内された部屋。
落ち着いた雰囲気でブルーのベッドカバーがシャレている。ちなみに、初の床暖房だった。あったかい。


廊下。無造作にとっているので写真が曲がっている


噴水


といった感じで、写真を撮りまくったわけです。部屋に戻って、一休み。その後、19時30分ごろにホテルのレストランに移動し、待望のディナーをいただく。で、ここでも現れた、日本のツアー客。ここぞというところで現れる。どうやら、ポルトガルの人は、夜8~9時ごろにご飯を食べるようで、悲しき日本人同士、時間と場所がかち合うようなのでした。

まあ、離れてれば何でもいいやと思い直し、適当に席に座る。メニューを見て、前日は、サンミゲルで焼き魚を食べたことを思い出し、今回はは鶏肉をいただくことにした。しばらくして、ポテトのペーストの上にシンプルに塩で焼いたチキンの料理がサーブされた。そして、白ワイン。実は、ウエイターのおじさんに、メニューに書いてあるSparkling wineを頼んだのだが、なぜかおじさんは、それはSparkling wineじゃないとかたくなに主張する。そして、白ワインを飲めと。いや、これメニューにSparklingってかいてあるじゃんといったら、おじさんは、「それ、シャンパンだから」と。なぜか、そこでなっとくしていまい、白ワインを頼んだのだが、べつにシャンパンでよかったのだ。おじさんは、いったい、何が言いたかったのだろうか?


ま、そんことで、グラスワインを2杯ほどのみ、メインを食べ、おかれていた前菜とパンをパクパク食べたら、なんと5000円近くになってしまった。まあ、ホテルのレストランだから仕方ない。でも、味は確か。ポテトのペーストもチキンもすごくシンプルな塩味だけど、それが絶妙ですごくおいしかった。白ワインも、オバちゃんが、居酒屋のようにドバドバついでくれて、風情も何もあったもんじゃなかったけど、まあそれはそれでよかった感じがして、大満足。というか、食べ過ぎた。

その後、先ほどの応接に行き、暖炉の前でひとりたそがれる。本当は、暖炉の前のバーで、ポルトワインや、飲みそこなっていたVinho Verde(緑のワイン)を飲みたかったのだが、お腹いっぱいであきらめることに。

そんな感じで、心もおなかも満たされ部屋に戻り、シャワーを浴びて、幸福感満載で4日目も終了となったのでした。